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38件の検索結果(0.248秒) 2026-07-27から2026-09-16の記事を検索
日刊ゲンダイシリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(39)「日本は石油がないから開戦した」は真っ赤なウソ
日刊ゲンダイ 17:00
これまで私(保阪)が、昭和史の取材を通じて聞き出した史実を改めて「保阪メモ」として整理している。百や二百の項目はすぐに挙がるのだが、その一つ一つについて紹介していくこのシリーズ、今後はより重要度、注目度のある項目を書いていきたいと思う。近衛文麿首相とルーズベルト大統領の首脳会談…
現代ビジネス「真珠湾の英雄」と讃えられた指揮官が戦後、石を投げられ…後に漏らした「つまらん人生」という言葉
現代ビジネス 15日 06:00
... 軍基地を空襲するための訓練に入った。ところが光増は、夜間飛行訓練中の11月8日、もう1機の零戦と空中接触、墜落し、無念の死を遂げてしまう。殉職時、光増は一飛曹だった。 山谷初政三空曹も三空に配属され、開戦劈頭のフィリピン空襲を皮切りに、東南アジアを転戦。しかし、昭和17年2月3日、ジャワ島のスラバヤ上空で、零戦27機が数10機の敵戦闘機と激突した空戦で戦死した。戦死時、二飛曹。 高塚寅一一空曹は、 ...
日刊ゲンダイシリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(31)驚かされた吉田茂のマキャベリストの側面
日刊ゲンダイ 4日 17:00
このシリーズは、開戦時の通告遅れという日本側の失態、そして敗戦直後の天皇とマッカーサーの第1回会見時の通訳の人選との関係を見ることで、吉田茂の高等な政治戦略を検証してきた。くり返すことにもなるが、私(保阪)が昭和史の知られざる史実を「保阪項目」として、150近くを挙げ、その検証…
東京新聞「遺骨を見捨てる国に未来はない」…長生炭鉱の収容成功から1年、人々の消えない熱意と新たな取り組み
東京新聞 8月26日 06:00
... 。「ダイバーが亡くなり心配されているかと思う。必ず遺骨収容は勝ち取ります。日韓の政府が収容も一緒にできるように、実現のため少し時間はかかっても、前に進んでいくことをお約束したい」 ◆「遺骨は植民地支配を問う歴史の証人」 ウリマダンの前日には川崎市で井上さんの講演会が開かれ、長生炭鉱の水没事故の4カ月前に太平洋戦争が開戦し、国策として石炭の増産がせかされていた状況を史料から紹介した。当時の法規...
現代ビジネス開戦時に「こんな馬鹿な戦争を始めやがって!」と叫んだ艦長…のちに「特攻機」を見送り続けた男の運命
現代ビジネス 8月25日 06:00
... 、最前線で戦っていた海軍軍人だった人たちそれぞれの「印象的だった言葉」を振り返り、シリーズで紹介しようと思う。なお、証言者は全員、残念ながら鬼籍に入っている。 『こんな馬鹿な戦争を始めやがって!』 「開戦の日、昭和16(1941)年12月8日の朝、艦橋に上がってきた艦長・直井俊夫大佐が、何と言われたと思いますか? 開口一番、『こんな馬鹿な戦争を始めやがって!』ですよ。相当大きな声で、艦橋には第一根 ...
朝日新聞【社説】空襲被害救済、81年の辛苦に応える時 立法で反省示す意義
朝日新聞 8月22日 19:01
... 争による惨禍をなかったことにせず次世代に伝えるためにも、立法で反省と慰謝を示す意義は大きい。リーダーシップを発揮すべき領域である。 空襲被害者救済法案が廃案へ 遺族「開きかけた扉がまた閉ざされた」まとめて知る戦争、なぜ開戦?被害は? 戦後80年、ポイントを解説 「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。 米軍の空襲で白煙をあげる名古屋市の市街地=1945年1月3日
毎日新聞福島県誕生150年 「はま・なか・あいづ」合併の経緯、今も謎
毎日新聞 8月22日 16:45
... 「福島県誕生」の歴史をたどるには、まずは1868(明治元)年に勃発した戊辰(ぼしん)戦争までさかのぼる必要がある。 そもそも、現在の福島県域に幕末時点で存在していた「藩」の数は県のサイトによると、会津藩、福島藩、二本松藩など13藩。中でも松平氏が治める会津藩は幕末の激動期に松平容保(かたもり)(1836~93年)が京都守護職を務めるなど江戸幕府の要職を担うも、戊辰戦争が開戦すると新政府と対立す…
J-CAST残り少なくなった「戦争を知る政治家」...自民党元リーダーの発言に耳を傾けるか、時代が違うと退けるか
J-CAST 8月20日 18:45
... 「われわれに課せられた命題は、戦争は絶対起こさない。それを達成するために外交を駆使するとか、国力をつけるとか、準備しなければいけない」 古賀氏、父の遺骨の代わりに拾った小石を持ち帰って仏壇に 古賀氏は開戦前年の1940年に生まれた、終戦記念日の後で父親戦死の知らせを聞いた。自民党幹事長を引き継いだ野中広務氏に背中を押され、2003年に初めて父の部隊が全滅したレイテ島のジャングルに赴き、慰霊した。父 ...
毎日新聞「国のために死ぬ」日露戦争で根付いた? パゴダは「生きた痕跡」
毎日新聞 8月19日 15:15
... 戦争と地域など関する研究に取り組んでおり、四国にあるパゴダについての論考も記している。日本の戦没者への慰霊の形を考える上で日露戦争を挙げ「高知でも日露戦争で人々が戦争というものを受容した」と説明する。 1894年に開戦した日清戦争では日本は欧米諸国の予想に反して清を圧倒。一方、1904年に始まった日露戦争では当時の強大なロシア帝国に日本が辛勝した。その戦いは後に神格化され、日露戦争を以降は祝勝会…
現代ビジネス太平洋戦争の開戦初日に自爆した「飯田大尉」を見送った中尉の回想【太平洋戦争】
現代ビジネス 8月19日 06:00
昭和20(1945)年8月15日日正午、天皇自らが全国民に語りかける「玉音放送」で、戦争終結が伝えられた。日本政府はこの日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と定め、東京の日本武道館で毎年、全国戦没者追悼式が挙行されるのをはじめ、全国各地で戦没者、戦争犠牲者の追悼行事が行われている。 ここでは、私がこれまで31年にわたってインタビューしてきた、最前線で戦っていた海軍軍人だった人たちそれぞれの「印象 ...
現代ビジネス「この戦は万に一つの勝算もない」…真珠湾で自爆した「零戦隊長」の訓示【太平洋戦争】
現代ビジネス 8月19日 06:00
... だった言葉」を振り返り、シリーズで紹介しようと思う。なお、証言者は全員、残念ながら鬼籍に入っている。 【前編を読む】太平洋戦争の開戦初日に自爆した「飯田大尉」を見送った中尉の回想【太平洋戦争】 「私は生きて祖国の滅亡を見るのは忍びない」 十二空で飯田の部下だった角田和男は、開戦時は筑波海軍航空隊の教員(海軍では教える立場の准士官以上を教官、下士官を教員と呼んだ)をつとめていた。角田は、敬愛していた ...
毎日新聞「戦争は必然ではなかった」 井上寿一教授が説く「昭和100年」
毎日新聞 8月19日 06:00
... 同じでした。日中戦争も日米戦争も、多くの人にとって思いがけないことでした。軍部ですら、そうです。政府も関東軍が独断で兵を動かした31年の満州事変の際、当初は不拡大の方針を取っていました。日米開戦に至る過程でも、開戦した場合に何が起きるかは細かく議論され、大変なことになるという認識が政府にはありました。 だから私は、戦争は必然ではなかったと思っています。例えば真珠湾攻撃は、さまざまな選択肢がある中で ...
J-CAST「反省」消した高市首相の追悼式辞 30年前につづった持論が影...終戦50年決議は「馬鹿げた決議」
J-CAST 8月18日 20:00
... して死んでいった夫は、侵略戦争に行ったことになるんでしょうか」 と問われ、「胸のつぶれるような思いを味わった」と振り返っている。 決議は「民主主義への冒瀆であり、国会の越権行為」とも さらに高市氏は、開戦に至った経緯や「侵略行為」の有無について、「生き証人以外が断言できる性質のものではない」との認識を示している。 その上で、かつての政権による決定を「正義」だと信じて戦った人々や、銃後を守った家族、 ...
日刊ゲンダイシリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(18)遅延を自分たちのせいにされた電信官たちの怒り
日刊ゲンダイ 8月18日 17:00
電報遅延に関する調査委員会について、私の調べ(1990年代初め)では、第1回の調査は昭和17(1942)年8月になる。ただし、委員会の発足そのものはかなり表面的であったようだ。 太平洋戦争開戦後、アメリカの放送や各国への宣伝活動では、通告なしに日本が攻撃を仕掛けてきたと…
デイリー新潮なぜいま? 皇室典範改正の折も折、「愛子さま」に取り沙汰される“伊勢神宮の祭主"就任説 「“愛子天皇"を阻止したい意図が働いているのでは…」との指摘も
デイリー新潮 8月18日 05:07
... 皇族が務めるようになった。ちなみに、1937年に就任した梨本宮守正王が敗戦後の一時期、皇族で唯一「A級戦犯」の容疑がかけられたのは、国民の戦意高揚に影響を及ぼした「国家神道」のトップとして、太平洋戦争開戦(1941年)を主導したと疑われたためだった。守正王は巣鴨プリズン(旧東京拘置所)に5カ月間収容されたものの疑いは晴れ、不起訴となっている。 前出の宮内庁OBは「一般の方々は『祭主』と『斎宮』を混 ...
47NEWS : 共同通信徴用船撃沈、51%が戦争末期 1344隻、軍の輸送従事
47NEWS : 共同通信 8月17日 05:22
... 日以降も潜水艦攻撃や機雷による被害は続き、公益財団法人「日本殉職船員顕彰会」によると、千人以上の船員が死亡した。 今回対象としたのは、戦没船の調査に当たる「戦没した船と海員の資料館」(神戸市)が所有するデータのうち、太平洋戦争中に失われた総トン数が200トン以上の鋼船。共同通信が撃沈時期や海域を分析した。 41年12月8日の日米開戦直後には、マレー半島上陸作戦に従事した淡路山丸が撃沈。 太平洋戦争
デイリースポーツ徴用船撃沈、51%が戦争末期
デイリースポーツ 8月17日 05:03
... 同年8月16日以降も潜水艦攻撃や機雷による被害は続き、公益財団法人「日本殉職船員顕彰会」によると、千人以上の船員が死亡した。 今回対象としたのは、戦没船の調査に当たる「戦没した船と海員の資料館」(神戸市)が所有するデータのうち、太平洋戦争中に失われた総トン数が200トン以上の鋼船。共同通信が撃沈時期や海域を分析した。 41年12月8日の日米開戦直後には、マレー半島上陸作戦に従事した淡路山丸が撃沈。
TBSテレビ「兄が突入した戦艦でも尊い命が…」特攻隊員の妹と米兵遺族 海を越え重なる想い【news23】
TBSテレビ 8月15日 15:00
... 栃木県足利市。 今から80年以上前、ある兄妹が暮らしていました。 現在、98歳になった今井アサ子さんと、3つ上の兄・山岸啓祐さんです。 今井アサ子さん 「兄が好きでした。何でも兄と一緒でしたね。竹馬作ってもらって乗ったりね。こんなに高いの作ってもらって、おりれなくて、兄がおさえてくれた」 穏やかな兄妹の日々を戦争が変えていきます。 1941年12月、日米開戦。その半年後、啓祐さんは海軍に入ります。
デイリー新潮戦争反対の立場ながら「真珠湾攻撃」を指揮…「山本五十六」長男・義正氏が昭和の終わりに明かしていた山本家の“父亡き戦中戦後"
デイリー新潮 8月15日 08:01
山本五十六(他の写真を見る) 山本家の昭和 1941年12月8日の「マレー作戦」と「真珠湾攻撃」によって太平洋戦争は始まった。このうち真珠湾攻撃を指揮したのは、日独伊の三国同盟に反対し、日米開戦に慎重論を唱えていた連合艦隊司令長官、山本五十六大将(死後に元帥)である。 真珠湾攻撃や元帥をめぐる各種の議論は研究家に譲り、シリーズ「週刊新潮が伝えた戦争」の今回は元帥の家族に注目する。元帥がソロモン群島 ...
Abema TIMES日本軍の秘密作戦『石油部隊』とは…“戦争と石油"に翻弄された人たち 戦後81年
Abema TIMES 8月15日 02:45
この記事の写真をみる(6枚) 今月15日は81回目の「終戦の日」です。多くの犠牲者を出した太平洋戦争。開戦した大きな要因の1つが“石油"でした。そして、ウクライナやイラン情勢など、現代でも“石油施設"は常に攻撃の対象となっています。戦争と切っても切れない“石油"。昔も今も、そこには翻弄される人たちがいました。 【動画】旧宮家と終戦 なぜ皇室離脱?背景にGHQの“皇室観" 日本軍が奪った南方の石油 ...
テレビ朝日“戦争と石油"に翻弄された人たち
テレビ朝日 8月15日 00:47
1 今月15日は81回目の「終戦の日」です。多くの犠牲者を出した太平洋戦争。開戦した大きな要因の1つが“石油"でした。そして、ウクライナやイラン情勢など、現代でも“石油施設"は常に攻撃の対象となっています。戦争と切っても切れない“石油"。昔も今も、そこには翻弄される人たちがいました。 日本軍が奪った南方の石油 インドネシア・スマトラ島。その南部の街に向かうと、政府が運営するプラジュ製油所があります ...
テレビ朝日旧宮家と終戦 なぜ皇室離脱? 背景にGHQの“皇室観"
テレビ朝日 8月14日 20:04
... 客員教授を務める、ケネス・ルオフ教授です。 ケネス・ルオフ教授 「皇室に対してかなり否定的なアメリカ政府高官もいたが、早くも1942年の時点で戦後は皇室を維持する方向に動いていた」 1942年といえば開戦の翌年です。皇室を維持する方向だったはずが、なぜ終戦後に宮家は離脱することになったのでしょうか。 ルオフ教授は、GHQの目的は皇族の身分を奪うこと、そのものではなかったと指摘します。 ケネス・ルオ ...
毎日新聞「戦争に負けてよかった」吉村昭さんが「戦艦武蔵」に込めた思い
毎日新聞 8月14日 11:00
... プラモデルが鎮座していた。自作だという。 「……『沖縄特攻』といった悲劇性で知られる『大和』ではなく、吉村さんは同型艦でありながら、ほぼ注目されてこなかった『武蔵』を描きました。このすごさ……」 対米開戦直後の41年12月に完成した「大和」は、吉田満の「戦艦大和ノ最期」などの文学作品や映画にもなり、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のモチーフにもなった。 一方の「武蔵」は戦局が暗転しつつあった42年8月に完 ...
日本経済新聞数字から見る太平洋戦争 海外出兵348万人、コメ価格は今の5倍
日本経済新聞 8月14日 05:00
まもなく終戦から81年を迎える。時の経過と共に、当時を実感を持って語れる人は減っている。戦時下の日本の姿はどうだったのか。徴兵者数や物価などを数字から読み解いた。 250万人の兵力、終戦時789万人 1941年12月8日、太平洋戦争は日本軍が米ハワイの真珠湾を奇襲して始まった。当初、日本軍の兵力は約250万人。資源確保のために東南アジア方面に侵攻し、米国や英国と対立を深めた結果の開戦だった。...
女性自身「アメリカに次ぐ世界トップクラスの海上戦力」防衛白書と日米共同訓練が示す“中国軍事力への対抗策"
女性自身 8月13日 11:00
... 艦艇から戦闘機を飛ばすという通常の運用ではなく、偽装した漁船などからドローンを飛ばしてくることも考えられます。日本もドローンやAIを使った『新しい戦い方』を急いで備える必要があります」 万が一、中国と開戦となれば日本はわずかな日数で弾切れとなるかもしれないが、「日本が単独で戦争するとは考えにくく圧倒的な軍事力を持つ同盟国のアメリカと一緒であれば戦況は大きく変わる可能性がある」と、井上氏はみる。 ピ ...
FNN : フジテレビ長崎の被爆者と真珠湾攻撃での生存者が再会 「平和への誓い」読み上げた本村チヨ子さん
FNN : フジテレビ 8月11日 20:40
太平洋戦争開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃を経験したアメリカ人の女性が、長崎市を訪れ、被爆者と交流しました。 原爆の日の9日、平和公園にある「長崎の鐘」の前で再会を喜び合ったのは、被爆者の本村チヨ子さん(87)と、アメリカのドリンダ・ニコルソンさん(90)です。 ドリンダさんは6歳だった1941年12月、自宅近くで旧日本軍による真珠湾攻撃に遭遇し、アメリカでその戦争体験を語り継いでいます。 2人は ...
デイリースポーツ東条元首相の史料、300点寄贈
デイリースポーツ 8月10日 21:04
... モには敗戦について「国の運命か」と記されていたが、自らを省みる記述はなかった。史料整理を担当した金沢大の大窪有太助教(日本近現代史)は「自筆の記録が豊富で、東京裁判期の東条氏の動向を分析する上で大変貴重だ」としている。 東条の次女と三女が嫁いだ古賀、鷹森両家が今年5~6月に史料を寄贈した。国会図書館で請求すれば閲覧できる。太平洋戦争開戦時の指導者だった東条は裁判で戦争責任を追及され、48年に死刑。
朝日新聞まとめて知る原爆 被爆81年、子供たちの思いは?核兵器の歴史は?
朝日新聞 8月09日 09:00
... a9-3e13-4817-a20c-b32a009681d3) ■各界の人たちに聞く平和へのヒント→連載「被爆国から」 芸術、スポーツなど各界で活躍する人たちに、広島と長崎とのつながり、平和をつくるためのヒントなどを聞きました。(https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=847) 被爆国から まとめて知る戦争、なぜ開戦?被害は? 戦後80年、ポイントを解説
日刊ゲンダイシリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(11)海軍出身の野村大使と外務省プロパーとの間の決定的溝
日刊ゲンダイ 8月06日 17:00
保阪メモ第22項目を見ていくと、いくつかの史実が歴史的視点から検証されていなかったことに気がつく。思いつくままに並べてみても、「なぜ野村吉三郎大使は秘書を個人的に雇わなければならなかったのか」「開戦通告が遅れた理由について外務省は調査を行ったのか」、さらには「外務省は果たして責…
毎日新聞みな悪かった 「拝謁記」から読み解く昭和天皇の“戦争責任観"
毎日新聞 8月02日 05:30
... 、49年に改組された宮内庁の長官となった。 天皇は深く信頼していたようで、外部には表明できない政治的な発言をし、皇室の家長としての心配事などを相談してもいる。 37年7月に日中戦争が始まり、米英などと開戦して45年に負けるまでに、日本人だけで300万人以上が亡くなった。またアジア各地の人々も多数、犠牲になった。日本史上、最大の悲劇といえる。 自分も、軍も政府も国民も 大日本帝国の時代、天皇は国家元 ...
毎日新聞戦没した夫の夢、海を目指す学生に託す 女性医師の生涯とは
毎日新聞 8月01日 08:45
... は神戸高等商船学校(現・神戸大海洋政策科学部)で学び、民間船の幹部船員として運航や管理を担う「商船士官」となって、世界の海で活躍することを夢見ていた。だが、交際を始めて3年後の1941年、太平洋戦争が開戦。海軍に招集され、43年10月、中国から南太平洋の激戦地、ラバウルへ船で、兵員や物資を輸送中に米潜水艦の攻撃を受け、船とともに海に沈んだ。26歳だった。 翌44年、梅木さんは遺影の靖之さんと結婚式 ...
毎日新聞みな悪かった 「拝謁記」から読み解く昭和天皇の“戦争責任観"
毎日新聞 7月31日 18:23
... 、49年に改組された宮内庁の長官となった。 天皇は深く信頼していたようで、外部には表明できない政治的な発言をし、皇室の家長としての心配事などを相談してもいる。 37年7月に日中戦争が始まり、米英などと開戦して45年に負けるまでに、日本人だけで300万人以上が亡くなった。またアジア各地の人々も多数、犠牲になった。日本史上、最大の悲劇といえる。 自分も、軍も政府も国民も 大日本帝国の時代、天皇は国家元 ...
47NEWS : 共同通信原爆残り火、平和願って吹き消す 真珠湾式典、遺族らが報告会
47NEWS : 共同通信 7月29日 21:36
... 都内で報告会を開いた。 残り火は、故山本達雄さんが原爆投下直後の広島から持ち帰り、地元・福岡県の星野村(現八女市)が1968年から保存。今年5月の式典に向けて採火され、真珠湾を臨む公園で平和を願って吹き消された。 報告会には、式典に参加した禎子さんの兄雅弘さん(85)、開戦時の指導者だった東条英機元首相のひ孫英利さん(53)、故安倍晋三元首相の妻昭恵さん(64)が登壇した。 太平洋戦争福岡県八女市
デイリースポーツ原爆残り火、平和願って吹き消す
デイリースポーツ 7月29日 20:13
... 、参加者らが29日、東京都内で報告会を開いた。 残り火は、故山本達雄さんが原爆投下直後の広島から持ち帰り、地元・福岡県の星野村(現八女市)が1968年から保存。今年5月の式典に向けて採火され、真珠湾を臨む公園で平和を願って吹き消された。 報告会には、式典に参加した禎子さんの兄雅弘さん(85)、開戦時の指導者だった東条英機元首相のひ孫英利さん(53)、故安倍晋三元首相の妻昭恵さん(64)が登壇した。
毎日新聞戦争ドラマ訴訟、NHK会長が見解 「裁判の中で誠実に対応」
毎日新聞 7月29日 17:25
... 裁に提訴。今年7月には映画「開戦前夜」の公開差し止めについても追加の請求を申し立てた。訴状によると、25年8月16、17日に放送されたNHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」内のドラマにおいて、所長が日本が敗北する結論を覆すよう圧力をかける人物として描かれた。実際は研究所内で自由な議論を後押ししたとされ、祖父の人物像が不当にゆがめられたとしている。 「開戦前夜」を巡っては、NHK ...
集英社オンライン追い詰められたプーチン「産油国なのにガソリンを輸入」の緊急事態…モスクワ防空網を突破され、親露派も怒り始めた【2026 集英社オンライン上半期 国際情勢 2位】
集英社オンライン 7月29日 11:00
... 的な現実のほうだ。 ロシアの石油精製能力は、いまや日量400万バレルを割り込んでいる。2005年以来、21年ぶりの低水準である。総精製能力のおよそ3分の1にあたる日量214万バレル分が止まっている。 開戦以来、ウクライナは年間100万トン超の主要製油所33カ所のうち24カ所を、158回以上にわたって叩いてきた。ウラル山脈の東にあって射程外の2カ所を除けば、ロシアの精製能力の中核はほぼすべて、いつ燃 ...
集英社オンライン「話がちがうぞプーチン!」ガソリンスタンドで殴り合う市民…燃料不足深刻化で“エネルギー大国ロシア"が壊れはじめた【2026 集英社オンライン上半期 国際情勢 4位】
集英社オンライン 7月29日 11:00
... れた日常の風景になった。 現在、ロシア各地の給油所で行列が。写真はモスクワ中心部のロシア石油最大手ロスネフチの給油所で、ガソリン購入を待つ車列(写真/共同通信社) すべての画像を見る プーチン大統領は開戦以来、国民にひとつの約束をしてきた。政治的自由は制限する。その代わり、国内の安全と生活の安定だけは必ず守る、と。この暗黙の社会契約こそが、彼の統治を支える土台だった。 だが今、その土台が音を立てて ...
日刊ゲンダイ保阪正康 日本史縦横無尽
日刊ゲンダイ 7月27日 17:00
今回から歴史的にあまり知られていない史実を、私の取材メモをもとに整理してお届けしたい。「保阪メモ第22項目 なぜ駐米大使館の米国人タイピスト3人は、真珠湾開戦前に辞めたのか」について詳しく見ていくことにする。 まずこの情報は、昭和16(1941)年11、12月当時の駐米…